「今ここ」、ありのままを見る
特に教育者は、子どもを性格やタイプ別に見がちですが、一人として同じ人間はいません。
また、同じ人間でも、時期によって全く異なります。
勉強のモチベーションや動機、教科の得意不得意、関心の対象、依存度、性格、思考のパターン…まさに今、「今ここ」にいる子どもがどういう状況なのかをありのまま観察することを大切にしています。
例えば、やる気がない子を無理やり勉強させても成果は出ません。
それよりも、モチベーションが低下した原因を探ったり、今どんなことに関心があるのかを見つけたりすることに力を注ぎます。
スマホ依存もそうでしょう。
もしかすると彼(女)らは「つながり」や他の依存先がないために、あるいは辛い現実から目を背けるために仕方なくスマホを手に取っているのかもしれないのです。
理想や目標の実現はすべて、「今ここ」の自分からスタートします。
したがって、子どもたちの「現在地」を知ることが何よりもまず大切なのです。
子ども自身が決める
主体性を回復するために簡単で有効なのは、子ども自身に決めてもらうことです。
私たちは子どもに何かを強制することはほとんどありません。
もちろん、学習についても計画についても私生活についてもアドバイスはしますが、それはあくまでも提案であり、それを採用するか決めるのは子ども自身です。
確かに、私たちのアドバイスは過去の経験に裏打ちされていますが、それが必ずしもその子にとって最適かなど分かりません
私たちの解説よりも、同学年の子どもに教わった方が分かりやすい、そんなことはよくあります。
結局のところ、提示された選択肢が最適かどうかは本人にしか分からないのです。
私たちの仕事は、最善と思われるいくつかの選択肢を用意するところまで。
選択肢の中から選ぶのも、それ以外の選択をするのも子ども次第、決定権はあくまでも子どもにあるのです。
日本語力の向上
「分かりません」とやってくる子どもたちの質問のうち半数以上が、条件の読み飛ばしや問題文の読み間違いなど、教科ではなく、日本語読解に関するものです。
これは大変ゆゆしき事態ですが、裏を返せば、日本語力を向上させることが学力向上において非常に重要であることを意味します。
UTUWAでは「ROKURO」というゼミを用意して、子どもたちの日本語を読む、書く、聞く、話す力の向上をとおして全教科の学力を高める試みを行っています。
また、通常の質問対応時にも、子どもたちの「分からない」に対してすぐに手取り足取り教えるよりも、「何がどう分からないのか」逆に質問したり、一緒に問題文を読んだりして、なるべく子どもたちが自分の頭を使って考える機会を多くします。
より高次の学び
近年、YouTubeなどで安価で良質な「授業」が簡単に視聴できるようになりました。
この流れは今後さらに加速し、子ども一人ひとりに最適な教材が用意されるので、同じ空間で大人数が受ける集団授業の価値はますます低下します。
良質な教材で溢れかえった時代にますます求められるようになるのは、情報の選び方、授業の聞き方、知識のインプット・アプトプットの方法、つまり「学び方」なのです。(これらは今までも必要でしたが「授業そのもの」が最重要とされていたため軽視されていました。)
ですからUTUWAでは、教科そのものよりも、その教科をいかに学ぶか、その問題をいかに考えるかに焦点をあてます。
確かに、勉強には社会に出てから使わないものも多いですが、勉強を通して身につく思考法は一生ものです。
時には、問題を作成して作題者の意図を理解したり、実際に文章を書いて構成を読み取ったりするなど、できる限り高次の学びを子どもたちに伝えたいです。
居心地のよい場づくり
子どもたちがありのまま、等身大の子どもたちでいられる空間を目指しています。
分からないことを分からないと言える、失敗しても前向きにまたチャレンジできる空気がないと子どもたちは安心して勉強することはできません。
不定期ですが、UTUWAでは「SOUKAI(総会)」を開いて、UTUWAをよりより場にするためのアイデアを子どもたちや親御さんから募ります。
そこでも、学年や立場関係なく、誰もが対等な存在として自由に主張することが望まれます。
常識をこわし「世界」を広げる
なぜテストが大事なのか、なぜ大学を目指すのか、なぜ学校に通うのか、そもそもなぜ学ぶのか。
子どもたちの「世界」では誰もが疑わないような問いを投げかけます。自分たちが「常識」によっていかに思考停止に陥っているか、視野を狭めているかを理解すること、そして、多様な「世界」に出会うことによって、自分自身を客観的に見つめることは、自分自身の幸せを見つけるうえでとても大切な一歩だと考えています。