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集団授業・個別指導で成績が伸びない5つの原因

19.02.24改訂

あなたの塾は通う価値があるか?

以前、生徒600名ほどの塾で副代表をしていた。生徒が20名ほどの頃からずっと働いてきたので、その過程で、集団も個別も教室運営したし、実際に指導もしていた。そのなかで明らかになった、集団と個別の問題点を紹介したい。

「塾に通っている」という事実に安心している子や親は多いが、ぜひ一度、自分が通う塾について、客観的に考えてみてほしい。

 

 

①「やり方を知らない」

成績を伸ばすのに必要なのは、

「学んだ知識を使えるようにする」こと。

つまり、学んだことを

1.理解して

2.自分の力だけでやってみて

3.反復する

という3ステップをふむことが必要不可欠だ。ところが、塾でやるのは1の「理解する」ステップだけ。集団授業なら問題の解説に、個別指導なら質問対応にほぼすべての時間をあてるので、2の「自分でやってみる」と3の「反復」を、家庭での学習(宿題)にゆだねることになる。

ここで問題なのは、塾側が「分かりやすく教えることが使命だ」と勘違いしているために、家庭での勉強のやり方をきちんと教えないことだ。ひどいところは宿題の管理すらまともにしない。一方、子どもたちは自分のさじ加減で宿題をやることになるが、めんどくせー宿題なんか真面目にやるわけがないので、ただ「こなす」だけになる。「分かった!」「もう大丈夫!」と言う子どもが、何一つ分かっていないのはこのため。教えてもらっただけで、自分の力で何もしていない状態で、できるようにならないのは当然だ

 

 

②「逆に勉強しなくなる」

多くの子どもたちは「授業を受ける=できるようになる」、「塾に行く=勉強する」だと勘違いしている。だから宿題をやる必要性を感じない。むしろ、塾でやってるんだから家では休ませてよという論理になる。(授業を受けただけで「いやー勉強したな!」と満足する。その結果、余計に宿題がおろそかになり、)

また、塾に行けば、分かりやすく教えることが命!の先生たちが、それこそ「分かりやすく解説」してくれる。だから、子どもたちは疑問点や分からないところを塾に持ち込めばいいだけ。自分たちで頭を使う必要がなく非常に楽ちんなので、なんでもかんでも「塾で教えてもらおっと」「個別で聞くからいいや」と、自分での勉強を放棄する

 

 

③「逆に疑問が増える」

集団指導では、学校とは別のテキストや内容を勉強することがほとんど。学校の内容がきちんと理解できていない状態で、新しいことをどんどん学んでもムダ。それは例えるなら、穴の空いた容器に水を注ぎ続けているようなもの。いくらインプットを増やしても、いくら分かりやすい解説を聞いたところで意味がない。しかも、勉強は積み重ねがすべて。土台がボロボロの状態で進めば進むほど逆に「?」が増えてしまう。頑張って「?」を解決しようとするも、集団のなかで質問するのは緊張するし、あとで聞こうとして忘れたり、面倒くさくなったり…。

個別では、たしかに一人ひとりの質問に答えてくれる。ところが、1回の授業で解決できる疑問が少なすぎる。かりに、90分で生徒2人:先生1人の場合、授業のなかで質問できる回数は5回程度じゃないだろうか。学校を中心に勉強し続けて、1週間に5つしか疑問が生まれないことはないだろう。すべての疑問を解決するためには個別を追加すればいいが、多くの家庭から言わせれば、「そんな金はない」だろう。さらに、②「逆に勉強しなくなる」のような依存心も生まれているので、疑問はますます増えるばかりなのだ。

 

 

④「ムダが多い」

タイプも違う、学力もちがう、知識の量もちがう。そんな子どもたちを1つの教室に詰め込んで一様に教える「集団指導」の仕組みは、ほぼ教える側の都合。「誰かに分かりやすい解説」は「他の誰かには分かりにくい」ことがほとんどで、もっといえば、厳密には「誰にも合ってない授業」になってしまう。

個別指導もムダが多い。先生が他の子を教えている時間を上手に活用できる子どもは少ないし、そもそも質問しに来てるのに、なぜその時間内で演習をやらされてるんだろう。確かに、学んだことをすぐに自力で解きなおすことは大事だが、制限時間のある個別指導で演習ばかりやらせるのは、塾側の都合じゃないだろうか。(個別の塾なのに、指定のテキストをやらせるところがあるが、…ちょっと意味が分からない。できない子はアレコレ手を出すよりも1つ(たとえば学校の問題集)に集中すべき。おそらくこれも塾側の勝手な都合だろう)。

 

 

⑤「勉強する意味が分からない」

勉強は本来、自分を成長させる(成績を伸ばす、何かを知る、など)ための「手段」だ。ところが、子どもたちに学ぶ目的や目標を聞いても、「親に言われたから仕方なく」やる、「皆やってるからなんとなく」やるものが勉強だと思っている。なかには、目標がある子もいるが、「成績が上がったらいいなー」、「志望校に受かったらうれしいなー」という曖昧な望みでしかない。

それは子どもたちではなく、指導側の責任だろう。目先の解説や質問対応に追われ、一人ひとりとそれぞれの目標や夢を語り合う時間なんてもてない。集団授業や個別指導が、「疑問を解決する場」である以上、そのような時間はないし、これから用意されることもないだろう。

 

 

 

たしかに集団や個別でも成績は上がるが…

自身の経験に照らしても、集団や個別でも、ある程度は確実に成績は上がる。ただ、それはどちらかというと、塾うんぬんというよりは、子ども自身の頑張りで伸びるんだと思う。極論すれば、そういう子はどの塾に行っても成績は上がるわけだ。この先生じゃないとダメ、というのは稀だろう。それこそ集団や個別で教えていたときは、子どもの成長に貢献したと思うより、「もっとこうしてあげたかった」「もっと伸ばせた」と後悔した回数の方が圧倒的に多かった。

なぜ後悔ばかりして、その状況を改善できなかったのか。それは、いくら頑張ってもどうにもならない、授業という「構造上の問題」があるからだ。

 

 

①時間でお金が決まる

「1コマあたり〇〇円」のように、ほぼすべての塾の料金は、時間によって決まる。質問をしようがしまいが、理解しようがしまいが、それらに関係なくお金を取られるわけだ。ダラダラ勉強するのが良いとは思わないが、上でもたくさん書いたように、この仕組みがもたらすマイナスポイントは多い。

理想は、成長(満足)した分だけ対価を払うカタチだろう。成長度は簡単にははかれないから現実的ではないにせよ、「何も分からずに座ってるだけ」、「1問疑問を解決しただけ」でお金が取られるシステムは少なくとも改善すべきだ。

 

 

②依存心を生み出す

授業を「受ける」以上、情報は一方通行で、知らず知らずのうちに受身の姿勢が身についてしまう。また、これも上で書いたように、「分かりやすく教える」ことを使命とする先生たちによって、子どもたちが自分の頭で考えるという貴重な機会が奪われ、依存心マックス状態になってしまう。

「この問題はまだ習ってないからできない」「なんで勉強なんかしなきゃいけないの」「先生に教えてもらうからいいや」「考えるのめんどい」「何をすればいいですか?」…。子どもたちが口にするどの言葉からも、依存心を感じずにはおれない。

 

 

 

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