岡本ブログ

「自力」でやりました?

 

5年前ほどの本だが、

『ザ・ギフティッド 14歳でカナダのトップ大学に合格した天才児の勉強法』を読んだ。

 

この本の主人公であり、著者でもある大川翔さんが、自らの「半生」をつづった本だ。

紹介はしないけど、タイトルどおり、すさまじい経歴をお持ちで、

今も孫正義育英財団の財団生に選ばれるなどその才能を遺憾なく発揮されているようだ。

 

 

翔さんの優秀さとともに、この本から読み取れることがある。

 

それは親御さんの、子育てに対する熱意ある向き合いだ。

『母さんの解説』という章で、翔さんの母上が、

 

“…子育ては、結果から見ると悪くはなかったわけですが、今、振り返って思うに、

 もっと上手な方法があった”

 

と反省しつつ、いかに彼と向き合ってきたかをふり返っているんだが、

これがまたすごい。これもいちいち紹介しないが、

共働きのご家庭で、ここまでの子育てができるもんなのかと少々感動した。

 

 

何も大川家に限ったことじゃない。

優秀な人たち、社会で活躍するような人たちの多くは、

子ども時代に手厚く良質な教育やサポートを受けて育っている。

 

アスリートが好例で、

優れたコーチや設備のもとで毎日練習する子どもを、

その人生をすべて捧げてサポートする親の献身的な姿を

メディアなんかで見たことがある人も多いと思う。

 

(環境に恵まれずも、第一線で活躍する人がいることもここで強調しておきたい。)

 

スポットライトを浴びるのは当の本人だけだから、

ついつい忘れがちだけど、その成功には、

親を含め多くの人の貢献が隠れているのだ。

 

 

 

そんな話をするとき、いつも僕は思う。

「自力」って何やろかと。

 

辞書を引くと、

“自分ひとりの力。じりょく”(デジタル大辞泉)

とある。

 

確かに、本人の努力なくして結果を残すことはない。

でも、もう少し広い捉え方をすると、

 

先に見たように、周りのサポートあってこその結果であって、

自分ひとりだけの力で成せるものなどない、とも言える。

 

 

つまり「自力」とは、

“自分と自分を支える周りの存在すべての合力”

なんじゃないかと。

 

 

 

 

そのように「自力」を「チーム力」だと捉え直すと、

 

驕る気持ちが消え、周りに感謝できるようになったり、

 

一人で責任を背負って落ち込む頻度が減ったり、

 

無関係に思えたことに対して責任感を覚えたり。

 

今までと違った世界の見方ができるかもしれない。

 

 

 

 

来週は子育てや教育に焦点をしぼって、

『ザ・ギフティッド』を冒頭の引用とした理由、

つまりはこのテーマで岡本が一番伝えたかったことを書けるといいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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