長坂ブログ

選ぶこと

 

 

こんにちは、火曜日担当の長坂です。

 

 

今日はUTUWA休校日です。

 

 

久しぶりに実家に顔を出しまして、

 

 

近況を報告しつつ、親の顔を見つつ、

 

 

愛猫を抱きながら携帯で

 

 

ポチポチこの文を打っている最中です。

 

 

 

 

 

 

新生活のシーズンですね。

 

 

色んな思いを胸に

 

 

新たなステージに向かう人が

 

 

多くいることでしょう。

 

 

 

 

子ども達だけではなく、

 

 

大人の中にも、生活が変わったり

 

 

環境が変わったりして、

 

 

期待と不安に胸を膨らませ…なんていうのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

かくいう僕もその一人と言えましょう。

 

 

UTUWAの中でも、

 

 

プライベートな生活の中でも。

 

 

そんな中で出て来るのは

 

 

 

 

 

「選ぶ」こと、「選択する」こと。

 

 

 

 

 

人は1日に何かしらの「選択」を驚くほどの回数していると言います。

 

 

僕はよく「どっちでも大丈夫」「まかせる」と言うことが多いです。

 

 

単純にこだわりを出す部分が多くないので、

 

 

周りと合わせるほうが楽というか、

 

 

それができてしまうんですね。

 

 

 

 

 

例えば、「同じラーメン屋さんを5日間連続で行く」となっても行けてしまう。

(それはまた別の話ですかね?笑)

 

 

 

 

 

ある程度好きでなければ無理かもしれませんが、

 

 

でもまぁ柔軟性は高いほうだと思っているわけです。

 

 

 

 

 

 

でもこれってちょっと怖いですよね、

 

 

自分で自分のことも決められなくなるのって。

 

 

知らず知らずにそういう状況に陥ってることって

 

 

往々にしてあると思います。

 

 

 

 

 

 

社会でそういう雰囲気だから。

 

 

誰かがそう言っているから。

 

 

それが当たり前だから。

 

 

 

 

 

 

それがダメってわけではない。

 

 

ずっと何かを自分だけで決められる人なんていないし、

 

 

ずっとそんなんはエネルギー使い果たしちゃう。

 

 

でもその当たり前というか、大きな波というか、

 

 

その大きな流れに飲まれることの怖さ、

 

 

意志が消えることの怖さを

 

 

改めて忘れない様にしたいです。

 

 

 

 

 

 

もはや今僕らが無意識に選択していると思っていることですら

 

 

大きな流れによって操作されている場合もあります。

 

 

そうなると意志ってなんだよってことにもなりますが。

 

 

 

 

 

 

自分は今どうしたいのか、

 

 

逆に何がしたくないのか。

 

 

「いやだ」という否定的なことも大切な僕らの一部であって、

 

 

押し殺す必要のない尊いモノであるということ。

 

 

嫌いだからどうしたいのか、何ができるのか。

 

 

 

 

 

 

そこで何もしないのも、僕ら全員に与えられた選択の1つと言えるでしょう。

 

 

でもそれを選ぶことによる責任は自分で取らなければなりません。

 

 

そういう意味で、「どっちでもいい」「任せる」というのは

 

 

責任はなく、衝突することもなく、傷つくことも、進むことも少ないです。

 

 

 

 

 

 

でも本当にそれでいいのか?

 

 

10年、20年と刻んでく皺はそんな浅いもんでいいのか?

 

 

そんな漠然とした不安を抱えつつ、

 

 

自分ができることは自分の直感を信じること。

 

 

そう思って、自分に必要な選択がきた時にベストな状態で臨める様に

 

 

計画やルーティンをこれまで以上に

 

 

きちんとしていければと思います。

 

 

 

 

 

 

と、実家の暖かさを感じて読む本に感化される僕でした。

 

 

また来週もお会いしましょう。

 

 

それでは。

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