共感性と思い込み

 

みなさん、ご機嫌よう。安部です。

 

先日、ある本の一節を読んだ満里奈先生と生徒が、

「これ、わかる~!」

と言って盛り上がっていた。

 

僕もどれどれと思って読んでみたんだけど、さっぱり分からない。

これは僕がおかしいのか、それともあの2人がおかしいのか…

 

 

 

楽しそうにデートをしている男女。

ふとしたタイミングで、女の子が言った。

「あ~疲れた」

そのとき男の子は思った。

(「ボクは全然疲れてないのにどうして疲れたなんて言ったんだろう…

ボクといて楽しくないのかなぁ…ボクのこと好きじゃないのかなぁ…」)

「つ…疲れる…」

 

 

 

意味は分かりますよ?

分かるんですけど、いや聞けばいいじゃんって。

「なんで疲れたの?」

って聞けばいいだけなのに、2人曰く

「それでもしあなたといて疲れるとか実際に言われたらショックだから聞けないんじゃん。」

とのこと。僕からすると、なんでショックを受けるのかが分からない。

いや、ショックは受けるか。まぁショックを受けたとしても、

一緒にいて疲れるならその原因を聞いて改善するなりしないと、

もっとショックなことになると思っちゃうんですけど、どうやらなんか違うらしい。笑

 

 

 

僕は基本的に雰囲気で何となく他人を理解できると思ったことがない。

もちろん理解しようと努力したり想像はするけども、「君はきっとこうなんだろうね」と断定することはない。

必ず「どういうこと?」「これで合ってる?」って確認するようにしてる。

(これは僕自身、共感性が希薄な自覚があるのでしてることで、

相手の言葉以外で、気持ちとか考えてることを何となく感じ取るのが苦手だからやってるってのもあるけど…)

 

怒ってる人になんで怒ってるか聞いたらより激昂しちゃう(その辺は適当に空気読みましょう)みたいなデメリットももちろんあるだろうけど、

それでもちゃんと理由を聞くことって結構大事だと思う。

 

あの人のことなら何でも分かってる。あの人ならきっと分かってくれるはず。

恋人だから、親友だから、先生だから、親だから、子だから…

結局誰もかれもが他人なんだからエスパーじゃない限り本当に思ってることなんか分かりようがないと思う。

 

だからこそ誰であれ思ってることはきちんと主張するし、

分からないことは聞いてちゃんと話し合うってことがきっと大事なんだろうなと思う。

 

うん、そうに違いないと共感性のなさから生徒をよく泣かせてしまう自分を正当化して終わりにしようと思います。

 

 

 

それではまた来週お会いしましょう!

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