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桃太郎っておとぎ話がある。

 

桃から生まれて鬼退治して億万長者になる(?)お話だ。

 

桃太郎のサクセスストーリーで語られるけど、その後って、桃太郎の人生にどんな展開が待ち受けてるんだろうと想像したくなる時がある。

 

果たしてその後も桃太郎は幸せだったんだろうかと。

 

 

 

もし、その後が、

 

金にものを言わせて郷里一帯を手中におさめた成金(桃)太郎は、女と酒に溺れ、借金生活に陥った・・・

 

幸せだったかどうかは本人にしか分からないけど、そんな転落ストーリーなら、桃太郎(のその後)は失敗談として語られるだろう。

 

 

でも、話にその後があったとしたら。

 

借金にまみれた落ちぶれ(桃)太郎は一念発起して懸命に働き再び輝きを取り戻す。そして再び築いた財を、今度は貧困問題の解決に投資するなど、社会貢献活動に勤しんだ・・・

 

のなら、桃太郎(のその後のその後)は美談として語り継がれ、駅前に銅像が立つのかもしれない。

 

 

 

でももし、その後に、

 

慈善(桃)太郎の家に盗賊が押し入り、刃物で刺されて命を失ったとしたら。

 

志なかばで命を絶たれた桃太郎は、その今際の際に、一片の悔いもなくあの世に旅立てたのだろうか?

 

我々に知る由などないが、なんとも悲しい話で幕を下ろす。

 

 

 

 

いよいよ受験シーズンが佳境を迎える。

 

自分が納得した形で終わることができれば、合否など些細な問題なのだけれど、

 

合格を目指して本気で努力している人間にとって、不合格など到底受け入れられない現実だろう。

 

今まで何のためにやってきたのかとショックで枕を濡らすのかもしれない。

 

受験は失敗だったと。

 

 

 

いやいや受験前にそんな不吉なことを言うなよとお叱りを受けそうだけれど、

 

事実、受験は何が起こるか分からない。

 

だからこそ、今伝えておきたいことがあるのだ。

 

 

不合格でした、だから受験は失敗でした、

 

同じように、合格しました、だから私は成功しました、

 

そう判断するのは時期尚早ですよと。

 

 

過去に起こった出来事が、成功だったのか、失敗だったのか。

 

決めるのはその時々の「今の自分」だ。

 

 

晴れて大学に進学してから「暗黒期」に突入した岡本がしばらくの間、大学に入学したことを後悔していたように、

 

でも今は大学に行ってまあよかったかなと思うように、受験の合否(だけでなく人生におけるイベント全て)をどう解釈するかはその時々の自分なのだ。

 

 

「いやあ、あの時、志望校に行けなくて、本当によかったですね。あの日があったから、今の自分があるんですよ、hahaha!」

 

もしかすると将来のあなたはそうやってインタビュアーにドヤ顔で語りかけているかもしれない。

 

 

 

したがって、受験生諸君は、「落ちたらどうしよう・・・」なんて考える必要がないのだ。

 

と言うより、それを考えることに意味がない。なぜなら、それを決めるのはその時々の自分なんだから。

 

 

 

だから余計なことを考えずに、今自分にできることにだけ集中して。

 

目の前の一瞬一瞬を大切にして。

 

自分に納得のいく形で、どうか受験を終わらせてください。

 

 

 

それだけでいいんです。