MENU

私たちの理念

『子どもたちが
    幸せな人生を生きること。』

それがUTUWAのたった1つの願いです。
ここで重要なのは、幸せとは何かを定義するのは親や先生ではなく、子どもたち自身だということです。
ところが、ほとんどの子どもたちは、誰か何かに依存し、従うことに慣れきって、自分の生き方どころか、1日の計画さえ自分で決められません。
その一方で、世界は多様性を増し、私たち一人ひとりに生き方の自己決定を要求します。

したがって、子どもたちが主体性を取り戻すこと、そして自らの選択や行動に責任を負うこと、
つまり、子どもたちが「人生の主人公は自分自身だ」と自覚を持つことが、幸せに生きるための第一歩として何よりも重要だと今の私たち(※)は考えます。

自らの生に責任を持ち主体性を取り戻した子どもたち、彼(女)らの学力、成績が向上するのは当然でしょう。
言われた通りに言われたことをこなす勉強と、自らの目的を果たすための能動的な学び。どちらが実りある成果を得るかは容易に想像できるはずです。
したがって、目先の学力を高めるためにも、子どもたちが幸せに生きるためにも、子どもたちは自らの主体性を取り戻すべきなのです。

ただし、一方的に教わることや敷かれたレールを歩くことに慣れきった子どもたちが主体的に学び始めるためにはそれなりのトレーニングが必要です。
もしかすると、最初は小さな目標すら決められないかもしれません。でも、それでいいのです。
自転車に乗る練習をした日々を思い出してください。最初は誰かに補助してもらわないとバランスを保てませんでした。
しかし、何度も転ぶうちに次第に援助が不要になり、自走できるようになったのです。
それと同じように、みなさんが主体的な学びを会得するまで、私たちがその都度適切な関与度で、全力でサポートします。

自らの人生の主人公として、どうか幸せになってください。

※UTUWAに完成はありません。時代によって、そしてUTUWAに関わる人たちによって、コンテンツや仕組みだけでなく、理念さえも絶えず更新され得ます。そのため、「今の私たち」と表現しています。

自習室

UTUWAの指導方針

「今ここ」、ありのままを見る

特に教育者は、過去の経験から子どもをタイプ別に見がちですが、一人として同じ人間はいません。だからこそ、勉強のモチベーションや動機、教科の得意不得意、関心の対象、依存度、性格、思考のパターン…まさに「今ここ」、目の前にいる子どもたち一人ひとりをありのまま観察することを大切にしています。
例えば、やる気がない子を無理やり勉強させても成果は出ません。それよりも、やる気をなくしたそもそもの原因を探ったり、今どんなことに関心があるのかを見つけたりすることに力を注ぎます。スマホ依存もそうでしょう。もしかすると彼(女)らは「つながり」や他の依存先がないために、あるいは辛い現実から目を背けるために仕方なくスマホを手に取っているのかもしれないのです。
理想や目標の実現はすべて、「今ここ」の自分からスタートします。したがって、子どもたちの「現在地」を知ることが何よりもまず大切なのです。

子ども自身が決める

主体性を回復するために簡単で有効なのは、子ども自身が自ら決定を下すことです。私たちは子どもに何かを強制することはほとんどありません。もちろん、学習についても計画についても私生活についてもアドバイスはしますが、それはあくまでも提案であり、それを採用するか決めるのは子ども自身です。
確かに、私たちのアドバイスは過去の経験に裏打ちされていますが、それが必ずしもその子にとって最適かどうかは分かりません。私たちの解説よりも、同学年の子どもに教わった方が分かりやすい、そんなことがよくあるように、結局のところ、選択の良し悪しは本人にしか分からないのです。
私たちの仕事は、最善と思われるいくつかの選択肢を用意するところまで。選択肢の中から選ぶのも、それ以外の選択をするのも子ども次第、決定権はあくまでも子どもにあるのです。そして、自分で決定する経験を通じて、子どもたちははじめて、責任を負うことができるようになるのです。

日本語力の向上

「分かりません」とやってくる子どもたちの質問のうち半数以上が、条件の読み飛ばしや問題文の読み間違いなど、教科ではなく、日本語読解に関するものです。これは大変ゆゆしき事態ですが、裏を返せば、日本語力を向上させることが学力向上において非常に重要であることを意味します。
UTUWAでは「ROKURO」というゼミを用意して、子どもたちの日本語を読む、書く、聞く、話す力の向上をとおして全教科の学力を高める試みを行っています。また、通常の質問対応時にも、子どもたちの「分からない」に対してすぐに手取り足取り教えるよりも、「何がどう分からないのか」逆に質問したり、一緒に問題文を読んだりして、なるべく子どもたちが自分の頭を使って考える機会を多くします。自学の際も、解説を見る前に仮説を立てたり、答えを予測したりすることを推奨しています。

より高次の学び

近年、YouTubeなどで安価で良質な「授業」が簡単に視聴できるようになりました。この流れは今後さらに加速し、子ども一人ひとりに最適な教材が用意されるので、同じ空間で大人数が受ける集団授業の価値はますます低下します。
良質な教材で溢れかえった時代にますます求められるようになるのは、情報の選び方、授業の聞き方、知識のインプット・アプトプットの方法、つまり「学び方」なのです。(「学び方」は以前から重要でしたが、授業そのものに最大の価値が認められていたせいで、軽視されていました。)
ですからUTUWAでは、教科そのものよりも、その教科をいかに学ぶか、その問題をいかに考えるかに焦点をあてます。確かに、勉強には社会に出てから使わないものも多いですが、勉強を通して身につく思考法は一生ものです。時には、問題を作成して作題者の意図を理解したり、実際に文章を書いて構成を読み取ったりするなど、より高次の学びを子どもたちに伝えたいです。

居心地のよい場づくり

子どもたちがありのまま、等身大の子どもたちでいられる空間を目指しています。大人たちの何気ない一言は時として子どもたちに深い傷を負わせます。例えば、「この問題がわからないの?」というシンプルな疑問が、繊細な子には「そんな問題も分からないのか?」とバカにされているように感じることもあるのです。
分からないことを分からないと言える空気、失敗しても前向きに再チャレンジできる空気がないと、子どもたちは安心して勉強することはできません。
また、人は学年や立場、能力は違えど、誰もが対等で等しく尊い存在であることを子どもたちに伝えています。実際、他人と比較して、自分の出来に落ち込む子どもは少なくありませんが、比較の本来の目的は、他者の言動をお手本にして少しでも自分を成長させることであり、それが可能なのは、今の自分をありのまま受け入れられている人だけです。勉強の出来・不出来で人間的な価値が決まるわけがないことを子どもたちには理解してほしい、そしてのびのびと自分の成長にフォーカスして欲しいです。

「常識」をこわし「世界」を広げる

なぜテストが大事なのか、なぜ「良い」大学や高校を目指すのか、なぜ学校に通うのか、そもそもなぜ学ぶのか…。世の中は、「一般的には…」「フツーは…」「常識的に…」という言葉で溢れ、私たちの思考を停止させます。そうして、何の疑問も持たず、「前を歩いていた人がそうしていたから」という理由で人生の重大な局面をあっさりと通過していってしまう。それが絶対悪だと言うつもりはありませんが、「本当にやりたいことは何だっけ?」「幸せって何なのだろう?」と大人になって「自分探し」を始める人が多いのはなぜでしょうか。
私たちは、当たり前すぎて看過してしまう命題をあえて子どもたちに問うことで、一度立ち止まって考えて欲しいのです。視野を広げ、もう一段階広い「世界」を相対化すれば、「常識」は常識でなくなり、自分自身をも客観的に見つめるきっかけになるでしょう。子どもたちが「常識」によっていかに思考停止に陥っているか、視野を狭めているかを理解すること、そして、多様な「世界」に出会うことによって、自分自身を客観的に見つめることは、自分自身の幸せを見つけるうえでとても大切な一歩だと考えています。